1 | 風見さんの妖怪の在り方 |
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00 | 太陽の畑。そこは視界に収まりきらないほどの向日葵で埋め尽くされた巨大な草原である。 そこに風見幽香はいた。決して彼女の家なわけではないが、向日葵の咲く季節は大抵この草原に彼女はいる。向日葵を育てているわけでもない。水を与えもしない。ただ、枯れてしまった向日葵や折れてしまった向日葵を治しているのである。前者は仕方がないとは言え、後者は明らかに人為的なものだ。ここは向日葵の茎が折れてしまうほど強い風は決して吹かない。ついでに言えば、人為的と表現したがほとんどが妖精の仕業である。 ふと、幽香は足を止める。彼女の目が、二つに折れた向日葵をとらえたからだ。 幽香はすっかり地面に突っ伏してしまった向日葵を両手で拾い上げると、折れた部分を直線にさせる。次に幽香が手を放したとき、向日葵は何事も無かったかのように真っ直ぐ立っていた。彼女の能力ならば花を再生させることなど容易い事である。 しかし幾分不機嫌な表情になると、愛用の傘を両手で握りふわりと身を宙に浮かせる。キョロキョロと視線を巡らせると、一部向日葵が激しく左右に揺れているのを見つけた。 幽香がその近くに舞い降りると、案の定数匹の妖精が向日葵の茎に捕まり遊んでいた。周りには先ほどのように折れてしまった向日葵がいくつも見られる。 はぁ、と溜息を一つ。幽香は一際はしゃいでいる妖精に指を向けた。 パァン!と音を立て妖精が内側から弾け飛んで霧散する。そこで初めて幽香の存在に気がついた妖精たちは「わー」やら「きゃー」やら、説得力の無い棒読みの悲鳴を上げて逃げていった。 逃げていく妖精たちを目で追い、見えなくなったら霧散した妖精に視線を落とす。妖精はすぐに霧散した体を回復させると、他の妖精同様微妙な悲鳴を上げて飛んでいった。 「これ以上荒らしたら容赦しないわよ!」 体をバラバラに吹き飛ばしておいて容赦もへったくれも無いわけだが、相手が妖精なのならば膝を擦り剥いた程度である。 そして聞こえたのか聞こえてないのか、以前に相手が妖精なのでいくら言っても無駄だろうなぁと幽香は諦め半分に妖精を見送る。完璧シカトだった。 幽香は折れてしまった向日葵一つ一つ、大事そうに抱えると、一つ一つ元通りにしてやった。 最近悪化している妖精の悪戯には流石の幽香も難儀していた。体をいくらバラバラにしてやっても、少しすれば完全回復してしまうのだ。更に学習能力が無いのだから、こうしてすぐ向日葵を傷つけたり折ったりしてしまう。 「いっそ、ハエ取り草みたいな…妖精取り向日葵に改良しようかしら」 「語呂が悪い。けれど率直なその単語には好感がもてる」 声に振り向けば、喪服のように全身を黒い衣服に包んだ少女が体育座りの姿勢で宙に浮いていた。 丁度背中に太陽を背負う形になっていたので見上げるのが辛かったが、幽香は微笑を作って会釈する。 「こんにちは、陰鬱のフラワーロック」 「こんにちは、向日葵の女王」 「何それ?」 「今考えてみた。君は私に素敵なあだ名をくれたから、私も素敵なあだ名で返そうと思って」 「素敵かしら?そして陰鬱は決して褒めてないわ。貶しても無いけれど」 「私も冷静に考えるとそう思う。褒められても無ければ貶されても無い、中立の位置。名前で呼ぶのと同等の意味ね」 ルナサ・プリズムリバーはふよふよ浮きながら呟くように言葉を連ねる。 特に何を見るわけでなく適当な位置に視線を置いて、何を考えているかわからない無表情をしている。しかしどうやら幽香を待っていてくれたようで、幽香が向日葵を全て元に戻すと、再度呟くような声を洩らした。 「今日の夜、ここを借りたいのだけれど」 「ライブ?」 幽香の言葉にルナサはこくりと頷いた。 そして自分の膝を抱いていた手をゆっくりと顔の横に挙げると、ヴァイオリンが姿を現す。出したところで弾くわけでもなし、全くの意味なし行動なのだが特に気にしない。ルナサはこういう奴だと幽香は知っていた。 プリズムリバー三姉妹はこの太陽の畑でよくライブを行う。ライブ当日、または前日にこうやって連絡に来てくれるから幽香はそれを良く知っていた。 「いちいち私に許可を取らなくても良いわよ。ここは私が好んで住み着いてるだけで、家じゃないわ」 「貴女はそうかもしれない、けれど世間ではここは貴女の住処」 「…そりゃまぁ半日ぐらいはここにいるけれど」 「残りの半日は?」 「妖精苛めたり人間絞めたり妖怪しばいたり」 「……」 ルナサは一瞬可哀想な子を見るような目をしたが、すぐにいつもの棒目に戻した。幽香は気づいてか気がつかずかニコニコのままだ。 若干嫌な沈黙、最初に口を開いたのは幽香だった。 「わかったわ。やるのは日が沈んでからだったわね?」 「ええ」 「じゃあ今夜は神社にでも行ってるわ。向日葵を傷つけたりしないでよね?」 「? 場所を貸してくれればいいだけで、出てもらう必要は…」 「私がいたら人間が怯えるわ」 幽香は決して寂しそうだとか、悔しそうだとか、少なくともそう言った表情にはならなかった。しかしルナサには少しだけ表情が変わったように見えた。その表情が何を表すのか理解しかね、口を紡ぐ。 「さ、連絡は確かに受け取ったわ」 「……んー」 「まだ何か?」 「……人は貴女を恐れてはいない」 「……」 ふっ、と幽香の目が細くなる。笑顔を表情から消し、無表情に近くなった。 「続けて」と目で言うのを確認し、ルナサは再度口を開く。 「今人は変わってきている。人間は妖怪、私たちのような霊にさえ興味を示している」 「そう、それが?」 「次は私たちが変わる番かもしれない。そう思うことがあるのよ」 「……」 幽香は何も言わず日傘を差し背を向けた。そしてそのまま歩き始める。 「騒霊が、私に説教だなんて百年早い。人は妖怪を退治し、妖怪は人を喰うわ」 ルナサは歩き去る幽香を見続けた。 姿が見えなくなってから、ポツリと呟く。 「…その法則が無くなって何年経ったかしら。そしてそれは貴女がよく知っているはず。人が本当に貴女、幽香という妖怪を恐れていたのなら、向日葵の畑に人は集まらないものだよ」 向日葵たちは幽香の背中に「行ってらっしゃい」と言うように、幽香の向かった方向に少し揺れた。 ルナサはそれを見て優しい笑顔を浮かべる。 「花に愛される貴女が、人に嫌われるはずが無いんだ」 * 幽香は博麗神社に足を進めていた。 その間、一つの村を突っ切ることになる。彼女は空を飛んでいこうか一瞬迷ったが、横断することにした。今の時代は村に入った程度では退治されることは無いのだ。 ルナサの言葉を思い出す。人は変わってきているという言葉を。 そんなこと百も承知であった。現にこうやって村を横断しても誰も何も言わない。それは一つの日常でしか無くなっている。元気のいい子供たちは幽香を恐れることなく、平気で真横を走り抜けていく。 ほんの数十年前は、すぐに巫女が飛んできたものである。村の中でも平気で弾幕ゲームをしたものだ。負ければ退散した。勝てば…どうしたかは忘れた。 少し村を見回せば、人外は幽香だけではない。こんな風景が当たり前になったのはいつからだろうか? 詳しい年代はわからないが、特に、と言うのならば博麗の巫女が”あいつ”になってからだろうか。 「あ、向日葵のねーちゃん!」 くるりと声のした方を向くと、村の子供が二人駆け寄ってきた。はて、誰だったか。 二人の少年に服の裾を捕まれるがまま着いて行くと、枯れた向日葵が一つ。 話を聞くと簡単な事だった。ただ、兄弟で育てていた向日葵が枯れてしまっただけの話。 幽香はそっと枯れてしまった向日葵に触れた。 「…貴方たち、随分無茶な育て方したわね。水あげ過ぎね」 幽香の言葉に二人は顔を見合わせ、シュンとした。 その反省の色を見て幽香は優しく微笑む。 「少し愛情が重すぎたわね。これに学び、限度を知ること」 そう言うと枯れ果てた向日葵は健康の色を取り戻し、真っ直ぐ咲き直った。 二人の少年は喜び、何度も幽香に「ありがとう」と礼を言った。 「こんなものしか無いけど、これ」 「? くれるの?」 「うん!ありがとう!」 幽香は掌に渡された数個の向日葵の種を見て小さく微笑んだ。 あの向日葵の残したものだったのだろうか?ならば力強く育つだろう。 「こちらこそ、ありがとう」 上機嫌にくるりと振り返ると、ニヤニヤ顔の魔法使いが立っていた。 幽香は一瞬動きを止める。頬が上気するのが自分でもわかった。 「優しいねぇ向日葵のねーちゃん」 「うるさいわよ白黒」 「なんだなんだ、連れないな。私も成長させて欲しいものがあるんだが」 「残念ね、キノコは花じゃないわ」 「残念だぜ」 スタスタと歩を速めるが、魔理沙は早足についてきた。 手には箒と、何か紙袋を持っている。ちらりと見ただけだが、魔理沙はすぐにその視線に気がついた。 「これ?茶葉だぜ」 「聞いてないわ」 「これから霊夢のところに行こうと思ってな。たまには手土産を―」 「だから聞いてないわ。って、貴女も神社行くのね」 「ちゃんと聞いてるじゃないか」 半眼で睨むが魔理沙は怯みもしない。 溜息を一つ、幽香は歩く速度を戻す。魔理沙は横について歩を合わせた。 幽香が黙っていると、魔理沙が口を開いた。 「ところでお前も神社行きだったな。この季節は畑から出ないとばかり思ってたぜ」 「フラワーロックたちがライブをするって言うから、場所を空けて来たのよ」 「うん?ああ、三姉妹か。確かにあれは騒がしいな」 「……怖がらないわね」 「そうだな。何がだ?」 「…。私をよ」 「幽香をか?お前怖くないだろ。ちなみに私は熱いお茶が怖いぜ」 「真面目に話してるのよ私は」 「失礼な、私はいつでも真面目だぜ」 再度幽香が睨むが、魔理沙は気づかないのか、気づいていてか無視をした。 ルナサにあんなことを言っておいて何だが、人間は全くと言っていいほど幽香を恐れてはいなかった。先ほどなんて子供の笑顔を愛しく思い釣られて笑顔になってしまった。 気持ちはひたすら複雑である。いつの間にか村の子供にすら顔を覚えられている。それほど頻繁に人里に降りることは無いというのに、どうやって? それは人間が変わってきている、と関係あるのだろうか。 「もし」 魔理沙が急に口を開いた。少し俯き気味なのか、帽子で表情は見えない。 「お前が今ここで人間を殺したら、私はお前を殺すぜ」 「…魔理沙が?」 「霊夢もきっと飛んでくるぜ」 「…そう」 「そうだ。だけどお前はそんなことしないだろ?」 「どうかしら」 「しないぜ」 「するわよ」 「するのか?」 「冗談よ」 「知ってたぜ」 幽香が噴出すのと、魔理沙が笑ったのは同じタイミングだった。 * 博麗神社はいつも通りと言っていいのか、静まり返っていた。 正面の鳥居に霊夢がいないのを見て、魔理沙はとっとと裏に回った。幽香もそれに続く。 「霊夢ー。ついに死んだのかー?」 反応なし。 魔理沙と幽香は顔を見合わせる。 「マジか!?」 「何で死ななきゃいけないのよ」 「うお、いた」 「いるわよ。神社だもの」 ひょっこりと、空は飛べない箒を手に霊夢が顔を出す。箒を持っているのは名残なだけであり、きっと掃除はしていないだろうと幽香は勝手に決め付けた。 ふと魔理沙ごしに霊夢が幽香に気がつく。 「あら、あんたもいたのね」 「久しぶりね」 「…なんだか、珍しい組み合わせじゃない?魔理沙と幽香って」 再度魔理沙と幽香は顔を見合わせる。そして互いに首を傾げた。 「村でたまたま会っただけだぜ」 「あんたらが村にいるのも珍しいわよ」 「あ、これ土産。茶葉。お茶くれ」 「自分で入れなさいよ」 「ああ、熱いお茶が怖いぜ」 「私はお賽銭が怖いわ」 紙袋を受け取り、霊夢が神社内に消える。 幽香は縁側に腰を降ろし、日傘を閉じる。日も随分傾き、空は青から色を変え始めている。 結局村から神社までかなりの時間を要した。空を飛ばないと意外と距離があるのだ。村からこんなに距離があるのだから、わざわざお賽銭を入れになんか来ないよなぁと密かに幽香は納得した。 ふと見ると魔理沙は縁側の下に上半身を突っ込んでいる。頭が足りない子だとは思っていたが、ここまでとは…。 「…魔理沙、迷いの竹林に良い医者がいるって聞いたわ。一度顔を出してみてはどうかしら」 「お?永琳の事か?」 「す、すでに通院してたの?」 「ツーイン?何がツインなんだ?」 ひょっこりと這い出てきた魔理沙の手には一匹の猫が抱えられていた。どうやら縁側の下にいた猫を捕まえていただけのようだ。 あ、いいな!と言う言葉を飲み込み「な、なんでもないわ」と幽香。 そしてもう一匹いないかなと今度は幽香が縁側の下を覗いていると、霊夢がお茶が三つ乗ったお盆を持って戻ってきた。 「…幽香、迷いの竹林に良い医者がいるわ。今度紹介するわね…」 「!? ち、違っ!!」 「幽香……」 「な、ちょっ!何で魔理沙まで!!」 「ミケもだぜ」 「ニャー」 二人と一匹に冷たい目で見られ、幽香は頬を赤くして何度も首を横に振る。どうでもいい話ではあるがミケと呼ばれた猫は黒猫だ。 お茶を渡すと、霊夢はキョロキョロと辺りを見回す。 「猫ならもう一匹、陽がどっかにいるわよ。あと変な名前つけないでよ魔理沙」 「わ、わかってるなら変なこと言わないでよ…」 「陰って名前の方が変だぜ霊夢。猫はミケだ」 「ニャー」 「三毛じゃないじゃない。まぁそれはいいわ」 すとん、と幽香の横に霊夢が腰を降ろした。 「幽香がうちに来るなんて久しぶりじゃない?」 さり気なく猫を探して真逆を向いていた幽香は霊夢の言葉に身をビクリとして振り向いた。 思い切りなんだこいつと言う目で見られた。 「そ、そうだったかしら?」 「…そうよ。今日はどんな風の吹き回し?魔理沙の話が本当なら村まで通ってきたみたいだし」 「私は嘘をつかないぜ」 「別に…ただ太陽の畑でフラワーロック達がライブをするって言うからよ」 「ああ、プリズムリバーたちね。貴女騒々しいの好きじゃなさそうだしねぇ」 「二人して無視とか酷くないか。よし、無視する奴らには制裁だ、行け!ミケ!」 「同じ会話を少し前にしたわ。…はぁ」 「ああ、ミケ!そっちは逆だぜ!ミケー!!」 「ああもう五月蝿いなぁ」 魔理沙を見ると猫を追っかけてどっかに行ってしまった。箒は置きっぱなしなのですぐ帰って来るだろう。 霊夢がお盆に目を向けると、すでに魔理沙は自分の分を飲みきっていた。いつの間に。 「…ねぇ霊夢」 霊夢は幽香の雰囲気が変わったのを察することが出来た。だからといって急に態度を変えたりはしない。 顔を見れば、若干寂しそうな顔で俯いていた。または、手に持つ湯飲みを見ていた。 「妖怪は、人を?」 「……食べる」 「人は妖怪を?」 「……退治する」 幽香は顔をあげた。しかし霊夢の顔を見ることは無い。 霊夢もまた幽香と同じ方向を見ているだけである。それが幽香にとって最も心地よい問答の姿勢だった。 「即答なのね。流石巫女だわ」 「…どうしたのよ、本当に」 その問いに幽香は答えない。ただお茶を飲んだだけだった。 はぁ、と霊夢は溜息をつく。そして、 ペシッ と、いきなり幽香の頭を叩いた。 あまりにも突然で幽香は目を丸くしていたが、すぐにキッと霊夢を睨む。 「な、何するのよ!」 「あんたねぇ…」 霊夢は睨む幽香に怯みもせず、人差し指で額を突いた。 「本当は人間と、一番仲良くしたいと思ってるのはあんたじゃないの!」 「……え……」 「普段あんなにも強気なのに、何でこうにもしおらしくなると言うか、何と言うか!」 「ちょ、霊夢、痛、やめ」 霊夢はビシビシと何度も人差し指で額を突く。 すっかり霊夢の気迫に飲み込まれ縮こまった幽香はされるがままだ。 「人里に降りたのだって、どうせ人間と妖怪の関係を改めて知るためでしょ?思い知ったかしら、人は妖怪なんて恐れては無かったでしょ?」 「……ええ」 「じゃあ後は何を迷ってるのよ。知り合う前から嫌われるのが怖いとか抜かしたら陰陽玉ぶつけるわよ」 幽香がポカンとしていると、霊夢は「何よ」と不機嫌そうな顔になる。 「いや…うん、まぁ…その通り、だと思うわ…」 「はっきりしないわねぇ」 霊夢の言葉に幽香は困ったような笑顔を浮かべる。その滅多にしない表情を見て、霊夢は続けようとした言葉を飲み込み、幽香の言葉を待った。 「私自身、わからないのよ。長年人里に降りず、しばらく太陽の畑で過ごしてたわ。たまに人も顔を出すけど、私を見て逃げ出すのがほとんどよ。けれどいざ人里に降りてみれば、普通に妖怪が人と一緒に暮らしてる」 「そうね」 「それどころか、私を見ても怖がらない。太陽の畑では逃げるのに、村では変な目で見られもしない」 「ふむ」と霊夢は相槌を打つ。幽香は今まで見たことが無いほどに弱々しい表情をしていた。見るからに不安定で、触れてしまえばすぐに砕けてしまいそうだった。 ふと幽香が何かを握っていることに気がついた。向日葵の種だった。 「どうやって知ったのか、村の子供たちは私を”向日葵のねーちゃん”なんて呼んだわ。能力まで知ってるなんて…いえ、能力を知ってるのなら私がどういう妖怪かも知ってるはずよね。なのに怖がりもしないで、枯れてしまった向日葵がどうかならないか、って…」 「ていうか、知ってたのは”向日葵のねーちゃん”なことだけじゃないの?」 「…え?」 幽香は霊夢を見た。 霊夢はいつもと変わらない表情である。 「太陽の畑にいる妖怪、ってことだけ知ってたんじゃないの?向日葵の咲く草原に住んでる妖怪ならなんとかしてくれるかもって思っただけとか」 「そう…かしら…」 「それに人里を平然と歩いてる妖怪なんて怖くないわよ。沢山いるんだから。太陽の畑にいれば、まだ人里じゃない分怖がる人もいるかもだけど」 「そんなもんかしら」 「そんなもんよ、人間って。勿論、あんたのこと全部知ってたって可能性もあるけど」 そこまで言うと、幽香は難しい顔になる。ころころ変わるその表情が楽しくて霊夢は自然と笑顔が浮かぶのがわかった。 気づかれればきっと幽香は怒る。「真面目な話をしているのだ」と。 しかし霊夢はその笑顔を隠すことは無かった。自分の何倍も生きている妖怪の悩みの、何と可愛らしい事か。 「ちょっと、何笑ってるのよ。私真面目な話を―」 「ミケ二号ゲットだぜええええええええええ!!!!」 「うわびっくりした!」 急に屋根の上から魔理沙が叫びながら転げ落ちてきた。 その手には黒猫と白猫が抱えられている。屋根から落ちたのにも関わらず魔理沙はケロリとして立ち上がった。 「あんたも大概頑丈ね」 「照れるぜ。ほら、幽香。ミケ二号捕まえてきてやったぞ」 「変な名前つけないでったら」 幽香はすぐに湯飲みを置いて白猫を両手で抱きかかえた。白猫は暴れることなく幽香の腕の中におさまる。 頬が緩んだ幽香は置いておき、霊夢は魔理沙と屋根を交互に見ていた。 「箒もなしにどうやって屋根登ったのよ」 「いや、ミケが木から屋根に飛び移ったからな?」 「…あんたも木に登ってから飛び移ったの?」 「いや、地面からジャンプして」 「無理よ普通」 「普通だけどいけたぜ」 「普通じゃないのよ」 「照れるぜ」 「褒めてないわ」 幽香は二人を見て微笑む。 そしてここに来て、二人と話が出来て良かった。そう思った。 まだ自分の気持ちに整理はつかないけれど、人間を頭から否定することはやめられそうである。 何て言ったって、自分がこんなにも愛してる二人は人間なのだ。自分を退治すべき、自分が喰うべき存在なのだ。 少なくとも今の人間は決して自分を嫌っていない。ならば、今度は自分が人間を好きになる番だ。 変わるべきは古臭い考えに囚われている自分のような妖怪だ。 「…陰鬱のフラワーロックに言われてるわね。全部」 「うん?何か言ったか?」 「さぁ、何でもないわ」 幽香に抱かれた白猫がニャーと鳴いた。 |
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